夏コミで『Merca β02』に関わりました。
詳細は
です。 1日目(8月14日)だそうです、よろしくお願いします。
僕は中村明日美子座談会の構成周りを少しと、市川春子座談会の末席に加えていただき、その構成周りを少し担当しました。
とくにマンガ批評で何かしたいというつもりは一切なく(というかこのメンツで僕がいるのはどう考えてもおかしい)、市川春子座談会は中田さんと懇意にさせていただいて、高瀬さんとも付き合いがそれなりに長く、ワークショップ「マンガ、あるいは「見る」ことの近代」シリーズに去年からコミットしていたところ、気がつけばこのような次第になりました。
幼少より絵本はもとよりマンガにも深く関心を抱いたことがなく、根からのアニメ派の人だったのですが、そのアニメも最近ではとんと見なくなり、もはやどうしてこのワークショップに関わっているのか自分でもよくわかりませんが、ワークショップ主任の鈴木雅雄先生の後塵でさえも拝したいというのが大きいかもしれません。
というわけで付き合いの長いこのワークショップは2年計画で、1年目はすでに本にもなっています。1年目のワークショップに並行して鈴木先生は受け持ちの講義でマンガ批評と美術批評とシュルレアリスム研究のアマルガムみたいなことをやっていました。
アートやらなんやらの本は1年生の時に建畠晳氏による奇跡的な講義があってその熱に当てられ、いささか熱中して読み漁りましたが、鈴木先生は彼とは違って決して基礎を踏み外さず論を立てていくので話題に上った文献をすべて読めば一端になれるというわけで講義に出てはひたすら文献をチェックする日々でした。懐かしい。
すると、やはりメディア論も扱うわけでジョナサン・クレーリー『観察者の系譜──視覚空間の変容とモダニティ 』とかを知ってのらりくらいと読んでいるとまぁなんというかメディア論をきちんと学びなおさねばなんたらとなるわけです。そんなこんなでアニメルカ特別号に投稿することになっていたので、そういった興味の中から一本書いてもいました。
しかし、やはり今この国で批評と思われているらしい批評を文章として書くというのが向いていないと5年ほどかかって理解してしまい、ですからこういった昔の文章はどこか混乱しているところが多く、かといって直すこともできない(その気が特に起きない)ので難しいものですね。ただ、今回は座談会の末席に加えていただいただけなのでほとんど発言もしていませんから、そういった混乱が原稿に反映されることはありませんでした。
また、参加して構成にも関わった身からすると、今回の市川春子座談会はたとえ市川春子を読んだことなくても必読です。僕はこの構成に関わっている時に河鍋暁斎展に行って市川春子って浮世絵と日本画のアップデートなんだなぁとかなり飼い慣れされた感想を抱きましたが、なぜそうなるかは読めばわかります。河鍋暁斎のような才能の持ち主が現在もしもマンガを描くとしたらどうなるのだろうかという奇妙な期待を抱かせる理由も、この座談会を読めばわかり──、わかるかもしれません。そして、何より市川春子を読み直したくなる、読みたくなるものになっています。こういう座談会に関われたのは僥倖と言う他ありません。
といったところで『Merca β02』の紹介を終えますが、界隈の有名人ばかり参加していて本当になぜ僕が表紙にクレジットされているのか未だによくわかっていません。ただし、この座談会が良いものだとはわかっているので一読してみてください。